中国政府のネット検閲「グレートファイアウォール」に対して一般市民はどのように対抗してきたのか?

中国には「グレートファイアウォール」と呼ばれる大規模なインターネット検閲システムが存在し、中国政府にとって都合の悪い情報やウェブサービスへのアクセスが禁じられています。中国の上海で生まれ育ち、記事作成時点ではアメリカのマサチューセッツ工科大学でコンピューターサイエンスを学んでいるChengyuan Ma氏が、一般市民がどのようにグレートファイアウォールに対抗してきたのかについて記しています。
A Brief, Incomplete, and Mostly Subjective History of Chinese Internet censorship and its countermeasures
https://danglingpointer.fun/posts/GFWHistory

Ma氏は、自身が中国でインターネットを使っていたのとほぼ同じ期間にわたり、中国のグレートファイアウォールと自由を求める一般市民らが戦ってきたと語っています。しかし、技術的な両者の戦いや発展、その複雑な歴史についての完全な記録は確認できなかったため、自身の経験を元に書き記すことにしたと述べています。なお、あくまで記述はMa氏の主観的な記憶に頼ったもので、出来事が起きた年や詳細については不正確な部分もあるとのことです。
◆中国のインターネット黎明(れいめい)期
中国が初めてインターネットの世界に足を踏み入れたのは1987年のことで、1通の電子メールがドイツに送られました。そのメールには「万里の長城を越えれば、世界の隅々まで行くことができます」という文章が記されていたとのことで、このメールは一種の予言めいたものだったとMa氏は述べています。
これからおよそ12年間にわたり、中国におけるインターネット利用について技術的な制限はありませんでした。中国では長らく、コンピューターの高価さやその面倒くささにより、インターネットを利用できるのは少数派だったとのこと。

◆初期のグレートファイアウォールとVPN
中国では1998年(一説では2002年とも)に、国内のユーザーが特定のドメインにアクセスしようとした際、DNSサーバーが偽のIPアドレスを返すDNSスプーフィングが導入されました。この回避策としては外国のDNSサーバーに切り替えるか、正しいホスト名を含むhostsファイルを使用する方法があり、中国のインターネットフォーラムではさまざまなhostsファイルが共有されていたとのこと。Ma氏によると、これらの回避策は2010年代初頭まで、部分的には有効だったそうです。
DNSスプーフィングだけでは不十分だと気付いた検閲側は、県境のルーターや海底ケーブルの陸揚局など、バックボーンのネットワークノードに特別なハードウェアデバイスを導入しました。これらのデバイスはビームスプリッターを介してネットワークトラフィックを傍受し、ブラックリストに掲載されたIPアドレスとの接続が確立されると、接続をリセットするためのRSTパケットを送信するという仕組みです。
以下が、ネットワークノードに特別なデバイスを取り付けた検閲手法を図示したもの。これらのデバイスが、グレートファイアウォールの初期のハードウェア基盤になったといわれています。

また、グレートファイアウォールはIPアドレスのブラックリストに加え、キーワードベースのフィルターも導入していました。これは、政府高官の名前やスキャンダルといった機密コンテンツを検知すると、接続をリセットするという仕組みです。当時はHTTPSが普及しておらず、大半のウェブサイトが暗号化されていないHTTPで運営されていたため、この手法が可能だったとMa氏は解説しています。
当時のグレートファイアウォールはあくまで「不適切なコンテンツ」への直接的なアクセス遮断に重点を置いており、ユーザー側の回避策は考慮されていませんでした。そのため、ユーザーは標準プロトコルに基づくプロキシやVPNを使い、グレートファイアウォールを回避することが比較的容易だったそうです。Ma氏の経験によると、2014年の時点でもこうした簡易なソリューションがわずかながら機能していたとのこと。
◆2010年代初頭
しかし2010年代に入ると検閲側もVPN対策に乗り出し、積極的にVPNのIPアドレスをブラックリストに入れるようになりました。ユーザー側の回避策は長いVPNのリストを用意し、その中に少なくとも1つはブラックリストに載っていないVPNがあるように維持することでした。そんな中、筑波大学が主導するVPN中継サーバープロジェクトであるVPN Gateが、中国の自由を求めるユーザーにとって良い選択肢になっていたそうです。
また、中国政府に敵対する政治組織が運営するFreeGateやWujieといったVPNも人気がありました。これらの団体はやる気があり、資金も豊富だったため、信頼性が高かったとのこと。欠点としては、これらのVPNサービスを起動した際、常にブラウザから政治宣伝のホームページに誘導してきたことだとMa氏は述べています。
◆GoAgent
テクノロジーに精通したユーザーたちは、やがて「プライベートな外国のノードを使用する」という解決策を普及させました。これは、プライベートなプロキシサーバーを確立し、秘密にしておけば検閲側に気付かれることがないという考えに基づきます。そこでホスティングサービスとして人気だったのがGoAgentで、これを使えば誰もが独自のGoogle App Engineインスタンスを作成し、個人用のプロキシノードを取得できました。しかし残念ながら、2014年後半にGoAgentは中国政府の圧力を受けて閉鎖されたそうです。

◆VPNの終わりとShadowsocks
その後、グレートファイアウォールはアップグレードされ、VPNが使用する独特なトラフィックを検出することにより、VPNサービスの使用を検知してアクセスを遮断できるようになりました。この検閲手法はかなり強力で、多種多様なプロトコルが使用不可能になってしまいました。
このアップグレードを生き残った数少ないサービスのひとつがShadowsocksでした。これは、アルゴリズムによって事前設定されたキーを使い、Socks5で暗号化された通信を可能にするもので、トラフィックパターンを識別するのが非常に難しかったとのこと。Ma氏はShadowsocksについて、グレートファイアウォールのような敵対者を積極的に考慮した初のプロトコルファミリーといえると指摘しています。
これに対しグレートファイアウォールは、Shadowsocksの暗号化でも変化しない「TCPパケットの長さ」に着目することで検出を試みました。さらに、後のバージョンでShadowsocksが送信するメッセージにランダムなパケットを追加するようにすると、検閲側はShadowsocksのプロキシを積極的に特定する方法を採用したとのこと。
中国のユーザーはShadowsocksの上にさまざまな難読化技術を施し、HTTP・Skype・WeChatなどの一般的なプロトコルを模倣する方法も考案されました。オリジナルのShadowsocksリポジトリは政府の圧力によって一度は削除されましたが、人々はそのフォークを次々と生み出し、検閲回避に活用してきたとのこと。Ma氏は、「過去10年間にわたり、Shadowsocksは中国のプロキシコミュニティにおいて非常に大きな影響力を持ってきました」と述べています。

◆V2Rayの登場とHTTPS
2016年に登場したV2Rayは、グレートファイアウォールを回避したいユーザーにとってのゲームチェンジャーになりました。V2RayにはJSONベースの柔軟で細やかなプロキシアーキテクチャの制御システムが搭載されており、「システムに入るインバウンドプロトコル」「フィルタリングされるルーティングルール」「最終的に送信するアウトバウンドプロトコル」をすべて設定可能でした。この拡張性は以前のプロキシ設定システムと比較して、目を見張るものだったとのこと。
その後もV2Rayとその後継となるフレームワークはプロキシのエコシステムを多様化して、ユーザーエクスペリエンスを向上させて、新規ユーザーの参入障壁を下げてきました。プロキシの組み合わせの膨大さはグレートファイアウォールにとっても大きな課題でしたが、アウトバウンド/インバウンドプロトコルのプロトコル自体は弱点であり、グレートファイアウォールがすべてのプロトコルを識別できれば遮断されてしまいます。
そこで登場したのがHTTPSです。これによって構造化されたコンテンツを、統計的にはランダム再生されたものと区別が付かないバイトに変換できるようになり、任意のトラフィックをプロキシ化してHTTPSで暗号化すれば、検閲側がバイトを見ただけでは内容を特定不可能になりました。また、HTTPS暗号化に伴うコンピューティングのコストを抑える方法も考案され、CPUパフォーマンスがプロキシのボトルネックになることもほとんどなくなったそうです。
とはいえ、HTTPS暗号化ですべての問題が解決するというわけではありません。多くのユーザーは長期間にわたり、単一のプロキシサーバーにしか接続しませんが、これは検閲側から見ると「ニッチなHTTPSサイトを何時間も訪問し続けている」ということになります。こうした不審な動きを検出することで、検閲を回避しているユーザーを特定することは可能だとのことです。
なお、ソーシャルニュースサイトのHacker Newsでは「インドネシアでVPNがブロックされた」という話題に関連してMa氏のブログが言及されました。このHacker Newsユーザーは、「中国在住者として、中国人が用いる手法がここでほとんど言及されていないのは少し驚きです」と述べ、中国の経験がインドネシアの人々にも役立つかもしれないとアドバイスしました。
As someone based in China, it's a bit surprising that techniques used by Chinese... | Hacker News
https://news.ycombinator.com/item?id=45056420

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