サイエンス

宇宙で妊娠・出産することにはどんなリスクがあるのか?


有人の火星探査ミッションが現実味を増しつつある中で、数年を超えて宇宙空間に滞在することで人体に現れる影響が懸念されています。その中には「宇宙空間で妊娠や出産することにどのようなリスクがあるのか?」というものもあり、この問題についてリーズ大学の計算生物学教授であるアルン・ホールデン氏が解説しました。

Spaceborne and spaceborn: Physiological aspects of pregnancy and birth during interplanetary flight - Holden - Experimental Physiology - Wiley Online Library
https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1113/EP092290


Floating babies, cosmic radiation and zero-gravity birth: what space pregnancy might actually involve
https://theconversation.com/floating-babies-cosmic-radiation-and-zero-gravity-birth-what-space-pregnancy-might-actually-involve-261142

ホールデン氏は、「宇宙空間でも安全に妊娠・出産できるのか?」という問題を考える前に、そもそも受精卵の3分の2は出産までたどり着けないと指摘しています。たとえ性行為後に受精卵ができたとしても、受精卵がうまく発育しなかったり、子宮壁にしっかり着床できなかったりして、多くは妊娠に気付く前の受精後数週間以内に流産しているとのこと。

宇宙飛行中に経験する微小重力は、妊娠をより困難にする可能性がありますが、受精卵の着床後は妊娠の継続にそれほど支障を来さないとみられています。これは、発育中の胎児はもともと子宮内の羊水に浮遊しており、微小重力に近い環境で成長しているといえるためです。


しかし、重力の問題は全体の一部にすぎません。ホールデン氏が妊娠にとって大きな脅威だと考えているのが、宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線である宇宙線です。地球上では厚い大気と磁場によって宇宙線から保護されていますが、宇宙空間ではこれらの保護がありません。

宇宙線が人体を通過する際に原子へぶつかると、陽子と中性子が破壊されて元と異なる元素や同位体が残され、極めて局所的な損傷を引き起こすリスクがあります。また、DNAにぶつかると突然変異が起きてがんリスクが高まると考えられているほか、たとえ細胞が生き残っても炎症反応を引き起こす可能性があるとのこと。

妊娠初期の数週間、胚細胞は急速に分裂・移動して体の組織や構造を形成するため、発育を継続するにはこの期間を通して胚が適切に生存し続けなくてはなりません。この段階で高エネルギーの宇宙線を浴びてしまうと、胎児にとって致命的になってしまう可能性があるとホールデン氏は警告しています。一方で、妊娠初期の胎児は非常に小さく、宇宙線が直撃する確率はそれほど高くないそうです。仮に宇宙線が直撃した場合、気付かないうちに流産する可能性が高いとホールデン氏は考えています。


妊娠初期の終わりまでに胎盤を通じて胎児と母胎をつなぐ胎盤循環が形成されると、胎児と子宮は急速に大きくなります。こうなると体積が大きくなり、宇宙線が子宮筋に当たって子宮の収縮が引き起こされ、早産につながるリスクが高まるとのこと。新生児の集中治療技術は劇的に改善されていますが、特に宇宙空間では出産が早ければ早いほど合併症のリスクは高まります。

また、出産さえ終わればそれで終わりというわけではなく、宇宙で生まれた赤ちゃんは微小重力下で成長を続けます。その結果、赤ちゃんが頭を上げたり、座ったり、ハイハイしたり、最終的に歩いたりするために必要な姿勢反射や協調運動に支障を来す可能性があるとのこと。これらはすべて重力に依存する動作であり、赤ちゃんが「上」と「下」の感覚を知らない場合、まったく異なる形で発達してしまうリスクもあるそうです。

もちろん、宇宙線のリスクが消えるということもありません。赤ちゃんの脳は出生後も成長を続けますが、宇宙線への長期的な暴露は脳に永久的な損傷を引き起こし、認知能力や記憶力、行動、長期的な健康に影響を及ぼす可能性があります。

ホールデン氏は、赤ちゃんが宇宙で生まれることは理論上可能だと指摘。その上で、「宇宙線から胚を保護し、早産を防ぎ、赤ちゃんが微小重力下で安全に成長できることを確認するまで、宇宙での妊娠は依然としてハイリスクな実験です。私たちはまだ、その挑戦に備えることができていません」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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