「無数のハエを飛行機から空中投下する作戦」がアメリカ大陸で数十年間にわたり続けられている理由とは?

ハエは食べ物や動物の死骸などにたかるイメージが強く、見た目の気持ち悪さも相まって苦手だという人も多い昆虫です。ところが、アメリカ大陸では「無数のハエを飛行機から空中投下する作戦」が数十年にわたって続けられているとのことで、このような作戦が行われている理由について科学系YouTubeチャンネルのKurzgesagtが解説しています。
Why Is The US Dropping Billions Of Mutant Flies From The Sky? - YouTube

中南米原産の肉食ハエであるラセンウジバエの学名「Cochliomyia hominivorax」は、「人を食べる」という意味のラテン語に由来します。

ラセンウジバエはその名の通り恒温動物の肉を食べて生きており、ケガを負った動物の傷口にたかります。

ラセンウジバエは非常に遠くからでも傷や血の臭いを嗅ぎ分けることが可能。

人間やシカ、リスなどの動物にほんの小さな傷があれば、メスのラセンウジバエはそこに卵を産み付けます。

卵がふ化すると、幼虫は鋭いアゴで健康な肉を食べ始めます。

幼虫が傷口の肉を食べるせいで傷が悪化し、さらに多くのラセンウジバエが引き寄せられるとのこと。重篤な場合、動物は死に至るか少なくとも深刻な衰弱状態に陥るため、畜産農家などにとって大きな害をもたらします。

ラセンウジバエはもともとアメリカ大陸に生息していましたが、アメリカ南部に畜産が広まると、大量の食料源を得たラセンウジバエはその勢力を拡大しました。

群れの中の1頭にラセンウジバエが発生すると、群れにいる他の個体にも広まり、最終的に群れ全体の個体が死に至る危険があるそうです。

ラセンウジバエの幼虫は生きた動物の中に生息しているため、従来の殺虫剤はラセンウジバエには効きません。

また、いくら農家が注意を払っていたとしても、動物がケガをしたりラセンウジバエがたかったりすることを完全に防ぐことはできません。そのため、ラセンウジバエは農家にとって脅威的な存在でした。

そんな中、1950年代に2人の科学者が奇妙なアイデアを思いつきました。それは、「ラセンウジバエを放射線で処理したらどうか」というものです。

人類や家畜にとってあまりにも強力な敵に見えるラセンウジバエですが、1つ弱点があります。それは、3週間の寿命で死ぬ前にたった1度しか交尾しないという点です。

つまり、何らかの方法で「不妊のオス」を環境中に増やすことができれば、メスにとってたった1回の交尾を妨害できるというわけです。そうすればメスが死ぬまでに卵を産むことができなくなり、理論的にはラセンウジバエを根絶することができます。

問題は、どうすれば大量のラセンウジバエを殺すことなく、うまく不妊にできるのかという点でした。

当時、放射線について調べていた研究者らは、特定の線量を照射することによって生物の残りの部分にはダメージを与えることなく、生殖細胞にダメージを与えられることを発見しました。

これにより、大量に生産したラセンウジバエを生きたまま不妊にして野生に放つことで、ラセンウジバエを根絶するという作戦が実現可能となりました。

作戦の有効性を実証するため、まず研究者らはフロリダにラセンウジバエの養殖工場を作り、不妊にした数百万匹のラセンウジバエをオランダ領キュラソー島に送りました。

ラセンウジバエの養殖工場には長いトレイが置かれ、その中にウシのひき肉や馬肉、動物の血、牛乳、卵などエサになるものが敷き詰められました。

こうして生産されたラセンウジバエは、さなぎの段階で放射線照射を受けて不妊にされたとのこと。

そして、不妊のラセンウジバエが飛行機を使って野生に放たれました。

その結果、数週間~数カ月かけて不妊のラセンウジバエが野生のラセンウジバエと交尾するようになりました。次第にラセンウジバエの個体数は減り、やがて突然キュラソー島から姿を消したとのこと。

作戦の有効性が実証されたことを受けて、多くのラセンウジバエ養殖工場が建設されました。

テキサス州にあるたった1つの工場だけでも、1週間に1億5000万匹のラセンウジバエが飼育され、そのために70トンの肉と1万2000ガロン(約4万5000リットル)の血が用いられたとのこと。

養殖の最中はラセンウジバエの幼虫を「生きた恒温動物の中にいる」と錯覚させるため、血や肉の混合物を温かい状態に保つ必要がありました。

そのため、工場で作られたラセンウジバエはとんでもない悪臭を放っており、最初のうちは航空会社から輸送を拒否されていたとのこと。

結局、飛行機に乗せるために輸送用の箱にコロンをかけ、どうにかラセンウジバエを輸送できたそうです。

飛行機から投下された不妊のラセンウジバエは、少しずつ野生のラセンウジバエを駆逐していきました。

不妊のラセンウジバエを放つ飛行機はフロリダ州からスタートし、テキサス州を横切った後にメキシコを通り、中央アメリカに向かいました。それぞれのステップには数十億匹の不妊のラセンウジバエと大規模な調整、そして数千人の労働者の努力が必要だったとのこと。

その結果、人類はラセンウジバエを抑え込むことに成功しました。

そんな中、1988年にはラセンウジバエがアフリカ大陸に進出する事態が発生。

すぐに阻止しなければ甚大な被害が生じると危惧されたため、直ちに大規模作戦が開始されました。

何億匹もの不妊ラセンウジバエが輸送され、地上チームが現地の動物に傷がないかどうか確認し、広報キャンペーンによって飛行機がハエを散布する理由が周知されました。

結果的に作戦はうまくいき、4カ月でラセンウジバエの侵略は阻止されたとのことです。

しかし、依然としてラセンウジバエは、広大なアマゾンの熱帯雨林を含む南アメリカ大陸の大部分を支配していました。

作戦を南アメリカ大陸全域に広げるのはコストがかかりすぎる上に、政治的にも複雑な地域であるため実行は困難です。そこでアメリカとメキシコは、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を結ぶダリエン地峡で最も狭い場所を有するパナマと協定を結びました。

協定は、アメリカとメキシコがパナマにラセンウジバエ養殖工場を建てる費用を負担する代わりに、パナマをラセンウジバエ阻止の最前線にするというものでした。ラセンウジバエは生きた動物の肉を食べるため、陸地での移動を阻止することができれば、海を越えて一足飛びにアメリカへ来る可能性は低いというわけです。

記事作成時点では、パナマの奥地にあるラセンウジバエ養殖工場が24時間365日稼働しており、膨大な数の不妊のラセンウジバエを生産し続けています。

養殖技術も初期の頃から進化しており、エサとしてひき肉の代わりに粉末状の血液や牛乳、卵からなるタンパク質の混合物が用いられています。この混合物は生きた組織とまったく同じ温度に保たれたトレイにパイプで流し込まれているそうです。

1週間あたり1億匹の不妊のラセンウジバエが回転する散布機に積み込まれ、落下率・速度・高度のバランスが計算された上で投下されています。

飛行機は正確に1.6kmの幅を空けて飛行し、すき間なく不妊のラセンウジバエを散布しているとのこと。

これにより、不妊のラセンウジバエによる目に見えない壁が作られているというわけです。

また、人間の監視チームによって動物のケガやラセンウジバエの兆候も監視されています。

残念ながら、時にはラセンウジバエを防ぐ壁が崩壊することもあります。たとえば、2016年にはフロリダ州南端部のフロリダキーズでラセンウジバエが発見され、固有種のキージカに深刻な被害を及ぼしました。

この際、大量の不妊ラセンウジバエがパナマから運び込まれ、撲滅作戦が実施されました。その結果、数カ月以内に侵略を抑えることができたとのこと。

また、2023年後半にはパナマにあった見えない壁が崩壊し、ラセンウジバエが中央アメリカ全体に拡大。メキシコにまで到達し、アメリカ農務省が南部国境を経由したウシやウマの輸入を停止する事態となっています。

工場では最大限のスピードで不妊ラセンウジバエが製造されていますが、一体いつになれば事態が終息するのかは不明です。

Kurzgesagtは、もしも中央アメリカで頭上を低空飛行する飛行機を見たら、それはラセンウジバエと人類の戦いの真っ最中かもしれないと述べました。

なお、日本の沖縄県では農作物に被害をもたらす外来種のウリミバエを根絶するため、不妊にした個体を大量に放出する大規模な根絶作戦を行って1993年に根絶を達成しました。記事作成時点でも、ゴーヤやスイカなどを食い荒らすセグロウリミバエを根絶するため、同様の作戦が実施されています。
害虫「セグロウリミバエ」根絶へ 県 不妊化したオス大量放出|NHK 沖縄県のニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/okinawa/20250428/5090031338.html
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