わずか7秒の音声ファイルが原因でMicrosoftがサウジアラビアに謝罪した事件とは?

Microsoftは、2002年にXbox用ゲームソフト「格闘超人(Kakuto Chojin: Back Alley Brutal)」をリリースしましたが、イスラム教の聖典の内容を含んだBGMがあったため販売中止に追い込まれ、Microsoftはサウジアラビア政府に謝罪することになりました。この一件の関係者の証言を、ゲーム系メディアのPolygonがまとめています。
Why Microsoft recalled Xbox game Kakuto Chojin | Polygon
https://www.polygon.com/features/507655/kakuto-chojin-microsoft-saudi-arabia

ゲーム「格闘超人」は、Microsoftが日本市場に初代Xboxを売り込むためのキラーソフトとして開発が始まったゲームで、開発には「バーチャファイター」「鉄拳」「鉄拳2」「トバルNo.1」「トバル2」などを手がけた石井精一氏が携わっています。
石井氏率いるゲーム開発会社・ドリームファクトリーは、「バウンサー」を完成させた後、Microsoftが日本でXboxグループを立ち上げるのと時を同じくして社名をドリームパブリッシングに変更し、Microsoft傘下のゲームスタジオと共同で格闘超人の開発に着手しました。
日本マイクロソフトでプロダクトプランナーを務めた経歴のあるジョナ・ナガイ氏は、当時の交渉について「彼らはみんなが一緒に仕事をしたいと思うチームでしたし、日本のXbox事業はまだ旗揚げしたばかりでしたから、私たちMicrosoftの方が有利だったというようなことはありません。Microsoftの新しくて小さなチームが、伝説とは言わないまでもそれに近いゲームクリエイターと仕事をした、というだけです」と振り返っています。

格闘超人の開発プロジェクトは「Project K-X」と呼ばれる技術デモとして始まり、その後ダークで暴力的な雰囲気を持つ目玉作品となりました。特にグラフィックには力が入っており、Xboxのビジュアル性能をアピールするローンチタイトルとして設計された戦略的な作品という位置づけだったとのこと。
しかし、開発の遅れによりXboxの発売には間に合わず、レビューでは内容の薄さや独自性のなさに批判が集まるなど、Microsoftの期待に見合う作品には仕上がりませんでした。
日本マイクロソフトのプロデューサーだった金丸義勝氏は「ある年のE3で格闘超人が大々的に宣伝されたのを覚えています。まったく新しい格闘システムで、戦えば戦うほど血まみれのボコボコになるという感じでした。当時としては非常に斬新で、そのアイデアだけで売れたようなものでしたが、期待には応えられませんでした」と話しました。
しかし、格闘超人には前評判や類似タイトルとのシェア争いより深刻な問題がありました。それは、ゲームに登場するソマリア出身のムエタイ使い「アサッド」のBGMに、アラビア語の聖歌のように聞こえる部分があったことです。

リリース寸前の2002年11月、問題を聞きつけた地政学戦略チームの責任者のケイト・エドワーズ氏がゲームの音声ファイルを入手し、同じビルで働いていたアラビア語学者のアフマド・ムスタファ氏に確認してもらったところ、その音声はコーランの一部で、しかも神の美徳に言及した「スーラト・アル=イクラス」の一節だったことが判明しました。
これがいかに重大な問題なのかについて、当時Microsoftの中東事業のマネージングディレクターを務めていたモハメド・カティーブ氏は「サウジアラビアでは、イスラム教が生活のあらゆる場面で中心的な役割を果たしており、コーランは神の言葉として崇められています。ですから、コーランの聖句は非常に厳かな気持ちで朗読されなければならず、音楽をつけたりエンターテインメントの中で聞いたりするようはことは非常に失礼なことだと考えられています。特に、暴力的なビデオゲームと関連付けるのはもってのほかです」と話しています。
社内調査の結果、問題のオーディオファイルは任天堂が1998年にリリースした「ゼルダの伝説 時のオカリナ」にも使われており、同作のファンだった日本マイクロソフトの作曲家がBGMに入れたものだったことがわかりました。
その後、ネット上のファンが調べたところ、問題の音源「prayer 1」はドイツのサンプリングライブラリ制作会社・Best Serviceが1995年に発売したサンプルCD「Voice Spectral Vol.1」に収録されていた音声だということがわかっています。
この問題が明らかになったときには、既にアサッドを中央に描いたパッケージが出荷されていたため、Microsoftは既に製造されたROMはそのままにして、今後出荷するROMのオーディオファイルを差し替えるという対応を取りました。

なお、PolygonがeBayで格闘超人10本を無作為に購入して確認したところ、3枚がBGM修正版で、7枚がオリジナル版だったとのことです。
問題発覚から約3カ月後、格闘超人はアラビア語圏の掲示板で話題となり、さらに主要な報道機関によって取り沙汰されたことで、事態はビル・ゲイツ氏宛にサウジアラビア政府から書簡が届くまでに発展しました。
当時、Microsoftは中東でXboxを販売していませんでしたが、輸入を通じて相当数がサウジアラビアの人々の手に渡っており、Microsoftはサウジアラビアで登録されたXboxが数千台あったことを把握していました。
金丸氏によると、Microsoftのアメリカのオフィスに炭疽(たんそ)菌入りの小包が送りつけられたという話があるとのこと。Polygonの取材を受けた他のMicrosoftの関係者らは、炭疽菌の話は聞いたことがないと語っていますが、いずれにせよ当時はイラク戦争に向けて中東にアメリカ軍が派遣されていた時期だったため、この一件はとりわけセンシティブな問題でした。

そして、Microsoftは2003年2月6日に正式に謝罪声明を発表し、格闘超人をリコールしました。これにより、出荷が遅れていた日本版も、オーディオファイルが修正されていたにもかかわらず店頭から回収され、ヨーロッパでの発売も中止になりました。
リコール後、Microsoftとドリームパブリッシングはたもとを分かつことになりました。金丸氏によると、ドリームパブリッシングは既に報酬を受け取っていたため、損害は発生しなかったとのことですが、関係者にとっては悔いの残る出来事でした。
日本マイクロソフトのスーパーバイザーだったジェームス・スパーン氏は「どんなタイトルでも、開発者はフランチャイズを築き上げたいと考えますから、作品が発売された矢先にリコールされ、続編の望みが絶たれたというのには大きく失望したと思います。少なくとも日本の開発チームにとっては、このジャンル全体がお蔵入りになったようなものでしたので、私たちにとっても、石井氏にとっても残念なことでした」と話しました。
この一件以来、Microsoftが開発するゲームはすべて地政学戦略チームのチェックを受けるようになったとのこと。
当時MicrosoftのXBox部門の責任者だったロビー・バック氏は「このことから私が学んだ大きな教訓は、ゲームはあらゆる娯楽と同様、本質的に非常に文化的な性質を持っているということです。ある市場で成功したいのであれば、その地域の文化を尊重する必要があります」と話しました。
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in ゲーム, Posted by log1l_ks
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